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第2回 第2回
『植物分類学の研究ってどうして必要なの!?』
はい、人の命に関わるものだからです。
植物って身近にあるけれど、実はあまり知らないし、専門的なことはちょっと苦手。。。
そんな方のために、高知県立牧野植物園の藤井聖子さんがわかりやすく、
植物にまつわる「へえ、そうなんだ!」を解説します。
その土地に自生する植物が、病気の薬にも
ちょっと大袈裟な話に聞こえるかもしれませんが、植物分類学はもともと、人間の命を守るための研究なのです。
植物には食べられるもの、毒になるもの、薬草のようにケガや病気に効くものもあります。その土地に生えている植物が、 実は風土病の薬になる成分を持っていることも。
“生きていくために”役立つ植物、危険な植物を見分けて、それらを利用したり伝達したりすることが重要でした。
植物を研究するにも利用するにも販売するにも、何をするにもまずは、名前がなければはじまりません。 植物のまとまりを整理し、体系的に理解するのが植物分類学で、その成果として名前(学名)が与えられ、さまざまな研究・利用に発展しますから、いわば自然科学の基礎なんです。
植物分類学が研究されなければ、どこにどんな植物がいるのか、利用できる資源がどんなものかもわからないまま、絶滅させてしまう危険性だってあるわけです。
植物は土地を豊かにし、災害からも守ってくれる
室戸市:アコウの木
室戸市:アコウ
植物のおかげで微生物が増えれば土壌が豊かになりますし、木々が生い茂り、その下草が根を張ることで土砂崩れも防いでくれます。
でも、下草が全滅すると土がむき出しになって土砂が流れ出し、木も地盤を支えられなくなって崩れてしまう。 実際、高知の山ではニホンジカが草木を食べ尽くしてしまい、大雨で山の土砂が流れて河川の形まで変えてしまったという被害も出ています。
私たちが思っている以上に、生態系のネットワークはとっても複雑。
「たかが草だろ」とナメていると、考えもしないところから命の危険を伴うしっぺ返しが来ることもあるんです。 たった1種の野草が姿を消すだけで、生態系に大きな影響を及ぼすかもしれない。
だから、自分たちのためにも、その土地土地の植物を、植物の多様性を大切にしましょう!という話になるわけです。
見た目はまったく同じ植物でも、実は別物!?
最近の研究によって、植物は同じ種であっても生えている場所によって遺伝子が異なることがわかってきています。
人々の営みと同じように、植物にとっても「地域性」がとても大切なんです。 たとえば、この植物は佐川町にたくさん生えているから高知市内のものはなくなってもいい、というわけにはいきません。
それぞれで遺伝子が異なるということは、多様性があるということです。
同じ遺伝子だと、みんな同じ病気にかかってしまう
同じ種の植物なら、別に1つの遺伝子だけでもいいじゃない?と思われるかもしれません。
ではどうして、クローンと呼ばれる1つの遺伝子だけではいけないのでしょう。 わかりやすい理由を挙げると、みんな同じ条件で同じ病気にかかってしまうからです。
人間であれば身体を鍛えることで病気への抵抗力を高められるかもしれませんが、植物の場合は寒さや暑さ、 病気に対して強い、弱いという特徴は「遺伝」によるところが大きい。
同じ種でも交配によって異なる個体の遺伝子が交わることで、さまざまな遺伝子パターンを持った子供が誕生し、淘汰されて強いものが残り、その種を継いでいます。 だからこそ、それぞれの土地に生えている植物は、保険をかける意味でも、しっかり守るべき大切なものなのです。
同じ遺伝子だと、みんな同じ病気にかかってしまう
さらに、これらの植物を守るためには、何という種で、どのような場所に生えていて、どんな特徴を持っているのか、調査・研究しなければなりません。
その調査のためにはまず、名前が必要です。 こうした調査と研究こそ、牧野博士が生涯をかけて取り組んだ「植物分類学」であり、絶滅の危機に瀕している植物を知って保全するための基礎となるのです。
日本には、全国の植物を網羅した本格的な図鑑、地域に特化した図鑑、一部の植物グループに絞った図鑑など、多くの植物図鑑があります。
あって当たり前のように思われるかもしれませんが、実はこれ、すごいことなんです。 こうした図鑑は、日本の植物の全貌が解明されていないと作れないものです。
牧野博士が日本の植物相(フロラ:特定の地域に生育する植物の種の総体)を明らかにしようと精力的に植物の分類研究を牽引し、 その後の植物分類学者の奮闘があったからこそ、日本はアジアの中で最も植物相が解明された地域の1つになりました。 その賜物が「図鑑」なんです。 世界を見渡すと、植物相がわかっていると言える国の方が少なく、植物目録(植物誌)が完成していない国もあるんですよ。

次回
「牧野博士って、なぜ活躍できたの!?」

◆藤井聖子(ふじい・せいこ)
藤井聖子さん
1980(昭和55)年、大阪府枚方市生まれ。高知在住歴17年。
幼いころから自らの手で栽培するほどの植物好き。東京農業大学農学部農学科を卒業後、神戸大学大学院理学系研究科博士前期課程(理学修士)、 医療系メーカーを経て、2007年より牧野植物園に勤務。
栽培技術課で16年間、50周年記念庭園・土佐の植物生態園・牧野ゆかりの植物などの管理に携わり、 2022年9月から高知県内各地の地域観光を支援するため植物研究課草花活用支援専門員兼教育普及推進課ガイド解説員に。
樹木医、学芸員、自然観察指導員。
【天然記念物のシダ植物が群生する伊尾木洞(安芸市)】
伊尾木洞 伊尾木洞
波の侵食によりできた天然の洞窟(海食洞)で、牧野博士が植物の採集で訪れた場所です。
全長 40mの洞窟を抜けると渓谷になり、300万年の歴史を刻む高さ5mほどの地層の壁が続いています。 暖地性シダ植物7種が1カ所に生えそろう全国でも希少な場所で、国の天然記念物に指定されています。 周囲には約 50種のシダ植物が生い茂り、貝の化石も見られます。