お茶堂めぐり IN ゆすはら

みなさんは、「茶堂」という四国西南地域の山里に点在する1間半×2間四方の大きさの質素な建物をご存知ですか?

この建物が、一番多く残されているのは、

高知県では梼原町、愛媛県では西予市(旧城

川町)。

また、この地域には、「茶堂」という集落名や

茶堂の名を冠したバス停なども見られ、この地

域を特徴づける景観の一つともなっています。

さらに、この茶堂の特色として、建てられている場所があります。

それは、茶堂の多くが集落の入口など集落を一望できる、言いかえれば、集落の人々からも目にとまりやすい場所にあり、道行く旅人であれば必ず「腰を下ろし、一休みしたい。」と感じるように建てられています。

また、弘法大師や四国88カ寺の本尊などが祀られてもいます。

昨年は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」に沸いた高知県、その中で、梼原町は、坂本龍馬を始めとする若い志士たちが命を賭して近代日本の夜明けに向かい駆け抜けたルートの村里故、サテライト会場の一つ「ゆすはら・維新の道社中」が設けられました。

その影響もあってか、梼原は何か血気の強い地域との印象が強いようですが、実は、自然の恵みに感謝し、自然を畏れ敬う心ゆかしい遺伝子が伝わっている地域であると、私は信じています。

それは、梼原を始め土佐の西部一帯「津野山郷」を治めた津野氏が、京の出身であったことと、伊予を頼り瀬戸内側から梼原に入り、津野山一帯を治めたことと無縁ではないのではと勝手に想像しています。

さて、「茶堂」についてですが、梼原には、現在13の建物が残されています。

ただ、残念にも草葺屋根の建物は半数ほどになってしまいました。

伊勢神宮の「遷宮」ではありませんが、先人から伝えられてきた「くさぶき」を地域に残していくためには、技を伝えていく必要があります。

私は、草葺の技を学び、伝えるのにも「茶堂」は、最適な大きさであると思っています。

もし、この取組みが出来たら、茶堂は四万十川流域の文化的景観の大きな目玉に育つだろうなぁと期待しているのですが...。

昭和59年に太郎川公園に茶堂が復元されました。

この茶堂では、四半世紀にわたりお茶の接待を続けているボランティア・グループ「風早茶の会」があります。

この会の活動は、茶堂を語るとき喩えられる「遠来より来るものは厚遇すべし」という「客人信仰」の訓えに基づくもの、そのものです。

気ぜわしい現代社会において、私たちの体やこころの疲れを癒してくれるとともに、彼女たち自身も訪れる人々から様々な情報を得、まちづくりに活かしています。

この活動こそ、梼原に伝えられてきた「茶堂の心(もてなしの術)」そのものです。

梼原は、高知県における最も寒い地域の一つであり、南国高知とは別世界。

今、冬の只中にあり、寒さと雪に耐えていますが、その中にあっても、山々の梢に目を凝らせば、少しずつその色は温かい色へと移ろい、来るべき春を待ち望んでいる姿はなんとも健気です。

 

如月の訪れとともに、雲の上のギャラリーでは、梼原を愛してくれたM森林官の仏画展「森の風と仏たち 供廚始まりました。(2/1〜3/11)

そして、2月20日からは恒例となりました四万十川流域5市町(津野町、梼原町、中土佐町、四万十町、四万十市)の住民の皆様が、手と手をつなぎ取組む第3回「四万十街道ひなまつり」(2/20-3/22)も流域のそこここで見られることとなり楽しみにしています。

梼原の山里に、新緑が輝き始める春4月の下旬には、太郎川公園の茶堂で「風早茶の会」の方々によるお茶の接待が、薫風に梼原の茶の香りをのせ、「もてなしのこころ」をシンクロさせながら、私の疲れた心と体を癒してくれます。(4/29〜9月下旬の日曜・祭日、雨天は休み)


 

皆さんも、津野山地域の山々の香りに身をゆだねて、一世紀の時間をタイムスリップできる梼原街道(津野山街道)から440号の地芳トンネルをくぐりぬけ、仁淀川を下る高知県西部一周の小さな旅を楽しんでみませんか。

お待ちしています。

(1/31 ひかるげんじ記)

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