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室戸から高知へ 海のお寺めぐり  [2009年12月20日(日) ]
プロローグ
今回の旅行のきっかけは、6月に遡る。今年に入ってから急遽、愛媛で生活することになり、こちらにいる間に四国四県を見ておきたいという単純な発想から、たいしたリサーチもせずに初めての高知へと向かった。しかしながら、高知県民やファンの皆さんには申し訳ないが、私のような関東の人間にとって高知というのは、かなり漠然とした存在で、具体的なイメージがない。とりあえず、

「カツオのたたき」に


坂本龍馬の桂浜。

余談になるが、上野の国立西洋美術館の外壁に使われている石は桂浜のものだとか。

それはさておき、高知市内にはお寺もたくさんあるので、一つくらい見ておくかと旅の最後に向かったのが、竹林寺(第三十一番札所)であった。庭園の美しさも然ることながら、むしろ興味を惹かれたのは、居合わせたお遍路ツアーの参拝客である。バスツアーで行き倒れになることもないだろうに、死装束?みんな、お揃いのカバンだし。でも、実際にはこの人たちの方が私よりも、この場に馴染んでいるのかも。お遍路さんて、何を求めて、何を感じているのだろう。次の札所へと向かう大型バスを見送りながら、考えていた。

「私も次に行ってみようかな。」

これを発心と呼べるのだろうか。以来、夫婦で札所めぐりを続けている。順番無視の車利用で、読経しない(できない)ので納経もしていない。自分がお遍路をしているという意識もない。なのに、何故、律儀に札所をまわっているかというと、それが、四国を知ることにつながると思えるからだ。実際、お寺がなければ行かないような場所をめぐる旅を重ねる中で、今まで「四国」と一括りにしていた土地に、たくさんの個性が見えるようになってきた。

本文では、9月26日から28日にかけて徳島と高知を旅した中から、2日目と3日目の高知の部分を記録である。

* * * * *
9月27日
この日は午後から小雨が降る中、徳島経由で国道55号線を南下。徳島県最後の札所である薬王寺から室戸岬最南端の最御崎寺までは80キロ近い行程で、景色の変化も少なく、まさに無限回廊といった感じがする。途中で何度も見かける歩き遍路の人たちに比べれば楽をしているものの、車の大変さというのもある。2時間近くも走っただろうか。ようやく青年大師像発見!


八十八カ所には、弘法大師との関係が伝承の域を出ないところも多いというが、室戸岬には、大師が修行した記録が明白に残されている。ここまで来れば、最御崎寺は目と鼻の先。


晴れていれば、景色を眺める余裕もあるが、あいにくの雨で、お寺がある山頂までのドライブからして苦行なのであった。心なしか、写真にも余裕のなさが現れているような・・・?

最御崎寺から津照寺までは、車で20分くらい。ここは、車を停めてから本堂に辿り着くまで、長い石段を上っていく。この時には雨もだいぶ強くなっていて、私たちの他には年配の親子連れを一組見かけただけだった。


この辺りの札所は比較的、間隔が短く、駐車場も平地にあるので、楽に移動できる。しかし、次の金剛頂寺を出たのが、すでに3時過ぎ。お昼ご飯を食べ損なっていたので、休憩したかったのだが、次の神峯寺までは30キロ程ある上に、八十八カ所名物の「山の中に無理矢理作ったくねくね道」を上らないといけない。寄り道している余裕はなさそう。と思ったところに「道の駅 キラメッセ室戸」発見。


お遍路さんは、急いではいけないのだ。

案の定、神峯寺に着いたのは納経所が閉まる17時直前であった。私たちは納経しないので関係ないのだが、山道の途中で追いついてきた軽自動車のドライバーは、駐車場に着くなり納経所に駆け込んでいた。一応、後から本堂にお参りしていたようではあるが、すぐに帰ってしまって、単純に勿体ないと思う。このお寺には、無料で夜明かしできる通夜堂があって、覗いてみると、20代くらいの男の子が2人休憩していた。


この後は高知市内のホテルへと向かい、夕食はひろめ市場まで行ってみた。この日は時間も遅かったので、すでに店じまいしているところも多い。観光客で賑わっていた6月と違い、お客さんも殆どが地元の常連風で、居場所がない感じ。

9月28日
前日までの雨が嘘のような快晴。最初に訪ねたのは禅師峯寺。駐車場ではワゴン車で生活していると思しきカップルが朝食中であったが、見ないふり。海上安全のお寺らしく、海を見下ろす眺望が素晴らしかった。


この次は、大日寺、国分寺、善楽寺、種間寺と、高知市に近い町中のお寺をまわっていった。勝手なもので、お寺に着くまでの道が悪くて大変な思いをしたとか雨に降られたとか、何か苦労した記憶がないと、印象に残らないものである。すみません。

種間寺からは、青龍寺へ向かう。横浪スカイラインから見える海は絶景。この海の色が、写真で伝わるだろうか。


青龍寺といえば、朝青龍。話によると、朝青龍が留学していた高校が青龍寺の近くにあり、しこ名も、このお寺から貰ったのだとか。車で行くには、平地ではあるが、かなり狭い道を通って駐車場に入る。そこから先は長い石階段が続く。小さいけれど、凛とした感じのいいお寺だった。

今回の旅では足摺までは行かないので、清瀧寺が最後の目的地になる。清瀧寺もやはり山の上にあり、徒歩では勿論のこと、車にとっても厳しい場所にある。みかん畑の段々を利用して道が造られているので、道を間違えて畑に突っ込んだのかと思ったくらいだ。引き返すこともままならないので、とにかく前進して、無事に着いた時には一安心した。清瀧寺からは、土佐平野を一望できる。暫し休んで静寂を楽しんでいた。


* * * * *

高知への旅で真先に思い出されるのは、青い海の色だ。しかし「修行の道場」という言葉にも表現されるように、高知のお寺は、厳しい自然と共にある。車やバスを利用していても、天候の変化も激しい中で幾つものお寺を参拝するのには、やはり労力が要る。お遍路は人の一生にも喩えられるが、人生と違って親切なのは、何をしなければいけないのか、何をもってゴール(結願)とされるのか、明確に定められているところではないだろうか。不思議なもので参拝を続けているうちに、具体的なお願いをすることはなくなって、無事に巡拝できることに対する感謝の念だけが湧いてくる。お遍路って、こういうことなのだろうか。

実は旅行記を書くにあたり、足摺岬で八十八カ所めぐりを完結させようと思っていたのだが、予定していた週末は天候が悪く、まだ結願できずにいる。しかし、足摺岬に行ってしまうと、しばらくまた高知へ行く口実がなくなってしまうので少し安心してもいるのだ。
  Posted at 22:44 | | この記事のURL | コメント(0)
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