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福岡市在住・男性・72才・ドライブ、菜園作りが趣味!

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ぶらり高知の旅!  [2009年12月20日(日) ]
日本最後の清流と言われる「四万十川」と、その「源流点」をいつか訪ねて見たい!
そのような思いをしていた最中のこと、先月の11月「土佐・高知であい博」のキャンペーン隊に福岡空港で出会いました。
パンフレットの配布をはじめ、龍馬博や高知観光について、叉ブース内には名産品が展示され説明をされていましたね。私もパンフレットを戴きながら色々お尋ねしたことでした。
そんな折り、「高知旅づくりコンテスト2009」が実施されていることを知り、早速に”GO〜高知”となった次第でした。
福岡〜佐伯港〜宿毛港〜高知〜四万十川を巡る4泊5日の家内との二人旅でした。


「第一日」12月1日(火)
AM6時福岡を出発しました。佐伯に着AM 9時30分着、佐伯港発 AM11時の宿毛フェリーに乗船、宿毛港入港はPM14時10分でした。
青い空・青い山・青い海、快晴の好天に恵まれた素敵な豊後水道の船旅を楽しむことが出来ました。太陽 車 ボート
実は、宿毛市では有名な「ダルマ夕陽」を見たかったのでした。太陽
夕暮れまでには十分の時間があります、早速港で”夕陽絶景のポイント”の情報収集でした。
あの山の上の「国民宿舎・椰子」とその下の「咸陽島公園」が最良とのことでした。
きょうは好天でカメラマンガ多くなるでしょう、早めに行かれて場所を見るようにとの、親切なアドバイスを戴きました。
早速カーナビの案内で国民宿舎に直行、太平洋が一望のレストランでコーヒーを戴きながら素敵な景観に暫し見惚れていた二人でした。
日没はPM16時48分とのことで、日没の1持間前に下の「咸陽島公園」へと移動しました。公園の海岸沿いには既に数人のカメラマンが三脚を立て場所を確保していましたね。カメラ
日没30分前には続々とカメラマンや観光の皆さんで賑わっていました。


                「咸陽島に沈む夕陽」

咸陽島公園の海岸沿いから見る夕陽はとても素晴しいロケーションで素敵な夕陽夕景を楽しむことが出来ました。太陽カメラ
「ダルマ夕陽」には最後に雲に遮られ残念でしたね、夕陽の美しさに家内も歓声を上げていました。太陽拍手
PM17時30分咸陽島公園、宿毛市を後に国道56号線を四万十市中村へと向かいました。
PM19時中村到着。民宿にて宿泊。

「第二日」12月2日(水)
昨夜、民宿でお聞きしていた「一条神社」へ!
一条神社は高知県三大神社の一つといわれ、幡多郡の「総鎮守の神」で、高知の旅の成功と安全無事を祈願いたしました。
AM9時過ぎ国道56号線、海岸沿線を一路高知市へと向かいます。車
途中、黒潮町「鹿島ヶ浦」にて休憩太平洋の美しさを堪能でした。大波
黒潮町から四万十町〜久礼坂峠までは緑の美しい山間をひた走り久礼坂峠からの太平洋の景観も素敵でしたね。
太平洋が広がる海岸沿線も須崎市までで、須崎からは高速道で高知市に向い、PM13時過ぎ高知市に無事到着しました。

遅めの昼食を摂り、高知の名勝地「桂浜」へと車を走らせ」ます〜!車

「桂浜」

      音符見ませ見せましょ 浦戸をあけて
              月の名所は桂浜 ヨサコイ ヨサコイ音符

             土佐高知の名勝 「桂浜」


桂浜は、皆さんご存知の♪南国土佐をあとにして♪、♪ヨサコイ節♪ 等にも唄われていますね。
桂浜は竜王岬と龍頭岬にはさまれた弓形の海岸線となっていて、竜頭岬には、若者の憧れの的である「坂本龍馬」の銅像が大海原を眺めていました。
丁度、室戸岬に建つ同志の中岡慎太郎の銅像と向かい合った位置にあるそうです。
近くには、龍馬の銅像が天空にそびえ余りの高さにビックリでしたね。
叉太平洋に乗り出すような建築の「龍馬記念館」には、貴重な資料の数々が展示されていて見所一杯でしたね。
今日は、四万十市から高知市までのドライブと名勝「桂浜」の楽しい散策で一日を終えました。
PM17時45分知人宅に宿泊。 明日の市内観光が楽しみです。


「第三日」12月3日(木)
「高知城」

午前9時過ぎ、知人宅を出発、追手筋を高知城へと向かいました。
大手門の道すがら、傍らには自由民権運動の「板垣退助」像が、その石垣の上には内助の功で有名な「山内一豊の妻」の像が建っていましたね。

             「高知城」追手門天守を望む!


高知城は山内一豊が土佐24万石を与えられて築いた城で、天守閣は重要文化財で、松山城や丸亀城と共に本物の木造建造物といわれ、叉天守と追手門が揃っている城は全国で3箇所だけだそうですね、中でも一枚の写真に納まる全国唯一のお城だそうです。

「はりまや橋」


    音符土佐の高知の はりまや橋で     
坊さんかんざし  買うを見た よさこいよさこい音符

高知のシンボルとして歌でも名高い「はりまや橋」ですね。

 「はりまや橋

写真は、「はりまや公園」の中に、江戸時代の橋のイメージを観光用として復元された「はりまや橋」だそうです。
高知のシンボルであった「はりまや橋の赤い欄干」は、1977年に撤去されて近代的な「はりまや橋」に生まれ変わっていましたね。
これまでの「赤いはりまや橋・欄干」を知る人にとっては少し寂しい思いがしますね。当時の「はりまや橋・欄干」は・この公園の地下に移設され展示されていました。
この「はりまや橋」は城下町高知の中心部にあり、江戸時代の橋の付近には山内家の家臣たちの住居が集まっていたそうです。

ハート 秘 話ハート
はりまや橋は、手を繋いで渡ると「必ず結ばれる」といわれ、訪れる善男・善女、彼氏・彼女は必見ですね。
成功事例は枚挙にいとまがないそうです〜!
善男・善女の全国の皆さ〜ん高知へGO!

はりまや橋の袂には土産店をはじめ商店が立ち並び観光客や買い物客で賑わっていましたね。はりまや橋の後は高知県一の商店街「帯屋町」を散策、tyy色は「土佐料理」の鰹のタタキや新鮮取れたての刺身をいただきました。
昼食後は、枡形の「坂本龍馬誕生地」の碑を見学、近くの上町には「龍馬の生まれたまち記念館」に伺いました。
龍馬の生い立ちから土佐藩を脱藩するまでの少年から青年時代の数多くの資料が展示されていましたね、龍馬が懐に持っていたと伝えられるピストルは思っていたよりも可なり大きく感じましたね。
PM16時過ぎ、ひとまずホテルにチェックイン、「ツーリストイン高知」にお世話になりました。ビル
PM17時前、夜の高知を散策、家内はお土産の仕入れに、私は知人との会食に夜の街へと消えて行きました。月ジョッキ

「第4日」12月4日(金)
きょうは、念願であった「四万十川の源流地点」の探訪です。
早朝AM8時ホテル「ツーリストイン高知」をチェックアウト、高速道利用で須崎市を経由、高知県の北西部高岡郡津野町の源流地点を目指します。先ずは源流地点の入り口の船戸へカーナビをセット。車
高速を降り須崎市からは新荘川を左に川の流れに目をやりながら一路国道197号線を梼原方面へと車を走らせます。

AM9時30分過ぎ船戸に到着しました。ここで土地の方を尋ね源流地点の情報収集です。右手の山を指差され、源流地点の「不入山」(イラズ山)<標高1.336m>は、この船戸より車の終点(源流之碑)<約30分>まで登り、更にそこから徒歩20〜30分の地点とのことでした。
お礼を述べ、いざ出発です〜舗装はされていましたが道幅が狭く山に向かっての道程は、急勾配で一部舗装も途切れ断崖絶壁の凸凹道に苦闘しながらAM10時10分漸く終点の「源流之碑」建設広場前に到着でした。車

この船戸からは四万十川も川幅が狭くなり源流地点に近づくにつれて急流の谷の様相でした。
源流地点は此処より更に徒歩で30分の急勾配の谷間で、原生林の生い茂る険しい小道となっていました。20分ほど登ったところ、もう直源流地点が見えるところで家内がついにダウン、足が動かない〜と根を上げました〜。困った
足を揉んだり摩りながら介護に努めていましたが結局家内を此処に残し、私一人で源流地点を目指しました。

               「四万十川 源流点」

四万十川の源流は、この大きな岩場の下より清水がチョロチョロと湧き出ていました。 AM10時45分!
ついい四万十川の「源流点」に辿り着きました。万歳!万歳!山拍手

源流点より湧き出る清水は、やがて流れを作り岩場を滝のように落下、谷間から勢い良く下流へと流れていましたね。

休憩を取っていた家内も案ずることなく元気を取り戻し安心でした。笑顔
これより下山開始です、この上流から〜中流〜下流へと向かいます。
降りは思ったより早く、あっという間に国道沿いの船戸に到着でした。
四万十川は津野町より県道19号線へと変わり、中流域の四万十町へと淀みなく流れていました。
音を立てて流れていた川の流れは、中流に進むにしたがって川幅も徐々に広がりを見せ、深みと共に穏やかな流れになっていましたね。


中流の四万十町窪川近郊は標高250mの大地に広がる高原の町といわれ、四万十川から発生する朝霧や夕霧で幻想的な光景が見られ一つの風物詩ともなっているそうです。
四万十町窪川到着PM13時15分。昼食はコンビに弁当で済ませ強行軍です〜。車

窪川からは国道381号線に更に進み中流域へと車を走らせます〜。
四万十川を左手に川幅も徐々に広がり大きく開けてきましたね、
素晴しい清流や沈下橋の数々の光景を目にしながら、土佐大正・三島と南下して行きました。車
三島は四万十川最大の中洲となっているところといわれ、この中洲の写真を撮りたくて三島橋袂のお店に訪ねますと、この山の上のミニ八十八ヶ所(標高200m)に上がれば撮れることを教えてくれました。
上り口までは車で行き、頂上まで徒歩20分でした。いや〜絶景でしたね。
家内も素晴しさに歓声を上げていました。ハート拍手

               「三島の中州」

写真の右側に「三島第二沈下橋」・左に「三島第一沈下橋」が架かっていました。 (超広角レンズの必要性を実感)
夏場には「三島キャンプ場としてオープンされ,都会では味わえない遊々生活が楽しめるとのことでした。

時刻はPM16時過ぎ、土佐昭和の民宿にお世話になりました。

「第五日」12月5日(土)
AM6時、四万十町友線放送朝の放送に目を覚ましました。
きょうは「高知の旅」も最終日となりました。

      「沈下橋&予土線土佐くろしお鉄道」 土佐昭和

昨日目にしていた場所に早朝出かけて見ました。朝霧が薄っすらとかかるなか、鉄橋にはタイミング良く列車も通りかかり沈下橋と共に素敵な光景を目にすることが出来ました。カメラ

霧が立ち込める山の朝は、夜明けが遅く感じられましたね、
AM9時過ぎ民宿を出発、四万十町十川の「道の駅」「四万十とうわ」に立ち寄りましたが、眼下に広がる四万十川の光景はとても素敵でした。
四万十町を過ぎると江川崎より国道441号線へと変わり、四万十川も下流域の穏やかな流れとなってきました〜。

  四万十市 「岩間沈下橋」

この自然に溶け込んだ「沈下橋」四万十川には21ヶ所の沈下橋があり、四万十川の魅力を一層引き立てていましたね。
沈下橋は台風などで増水したとき水中に沈下してしまう橋のことで、欄干のないのは流木等が引っかからないためだそうです。
高所恐怖症の方やなれない方は勇気がいりますね。
私も歩いてみましたが、足が竦みそうでした。困った

            観光船 「舟 母」(せんば)

土佐の山間も延々と流れてきた清流は堂々とした大河へと変貌しながら、やがて四万十市の市街へ、市街近郊では各種の観光船も見られ、中村のシンボル「赤い鉄橋」を通過すると、いよいよ最終地点の下田の河口に到達です。

      「四万十川最終地点、河口より太平洋を望む」

写真は、手前が四万十川から太平洋へと注ぎ込む清流、中央部が太平洋より四万十川に押し寄せる海水です!
この地点に到着したとき、感動の余り思わず涙腺が緩みましたね。
本当に来てよかったを実感、感動でした。乾杯

うっそうとした緑の木々が生い茂る四国山脈の奥深くの不入山。
その静寂に満ちた深山の岩間から流れ出た一筋の清水、その源流はやがて周囲の山々や渓流の水を集めながら清流四万十川となって太平洋を目指していましたねウインク
上流は比較的直線的流れが多く、中流では川幅も徐々に広くなり山並みを縫うように大きな蛇行と多くの岩場を南下しながら下流に近づくにつれ広がりを見せ太平洋へと注がれていました。
四万十川は四国西南地域を流れる延長196kmに及ぶ一級河川ですね。その流域は2.270q、支流35、総支流は318を数える、高知県最大で四国第二位の大河でした。
四万十川が何時までも愛され親しまれる日本一の清流であって欲しいと願った次第でした。
PM16時過ぎ、念願の四万十川探訪を無事終え労をねぎらいながら家内と握手です。拍手乾杯
この後、野中兼山の築いた「堰」を巡り、宿毛市に向いました。車
宿毛市では初日訪問の「咸陽島公園」に立ち寄りましたが「ダルマ夕陽」は生憎撮影できませんでした。
PM11時30分宿毛発〜佐伯行きフェリーで帰路に着きました。ボート

高知の方々の心温まる親切を戴き、とても楽しい旅でした。車ハート
新年には「土佐・龍馬であい博」が開催されますね。梅綻び桜咲く春欄間の頃、家族全員で出かけたいと今から楽しみにしています。笑顔ハート
高知の皆さんお世話になりました。有り難う御座いました。笑顔乾杯

叉出かけるけん!たのむぜよ!
  Posted at 09:44 | | この記事のURL | コメント(0)
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